オジサンはまるで果物を売るかのようにビニール袋にワンちゃんを放り込んで差し出した。
生後2ヶ月といっていたが、どうみても2週間ぐらいだった。
早速ミルクを買って与えた。暖めるために常にセーターの中に入れて歩いた。
綿のボールみたいだったので、小綿球と名づけた。
ジャー君もすっかりとりこになってしまい、可愛がるようになった。そして、私が雲南を離れた際に責任を持って飼ってくれることに。
私がいる間も、日に日に元気になってきて、いつも後を追ってきた。
今回3ヶ月ぶりに雲南へ。そして、3ヶ月ぶりにジャー君とも会った。
ここのところ、小綿球の話が全くでないので、嫌な予感がした。
「小綿球、どうしている?」と私がさりげなく聞いた。
「真理さん、だいたい感づいているでしょう」とジャー君が下を向きながらいった。
「死んだのでしょう」と私。
ジャー君はうなづいた。
「でも、小綿球は僕に色々教えてくれて、与えてくれたから感謝しているよ。そして、フルに生きたと思うよ」とジャー君。
「まだ生後2-3ヶ月でフルに生きたとはいえないよ」と私。
「でも、市場で6元で売られていたからその分は生きたよ」とジャー君がとんでもないことを言い出した。
私は頭にきた。
「命はお金じゃないよ。」と私がいうと、
「でも、小綿球の運命だったんだよ。そして、僕に色々与えてくれて感謝しているよ」とジャー君。
「じゃ、小綿球はジャー君に感謝しているかな。幸せだったかな」と私が聞いたら、
突然ジャー君は突然泣き出した。
「現地の犬よりはるかにいい生活をしていたよ。あのまま市場にいたらどうなっていたかわからないよ。」
たしかに、村人が買えないような粉ミルクを与えて育てた。現地の人よりも待遇がよかったのかもしれない。
日本の価値観で見るのはよくないかもしれないと複雑な心境になってしまった。
ちなみに、どうやって死んだのかと聞いたら、大型犬にかみ殺され、即死だったそうだ。。。




