写真家 伊藤真理 Rotating Header Image

雲南の犬、愛犬3頭の旅物語

「3匹でこんなにするんだからもう1匹増えたらどうなると思う」
とアシスタントのジャー君がてんこ盛りの犬の糞をトイレに流した。トイレは犬の糞の多さにすぐ詰まってしまった。ミニダックスのラッキーとハッピー、ゴールデンレトリーバーのサニーは自分たちの糞なのに、怪訝そうに見ている。

そうなのだ。
ここは日本から遠く離れた中国奥地雲南。日本から3匹連れて来たのに、昨日市場で子犬を衝動買いしようとしていた。

その犬は決して可愛くなかった。かわいくないどころか、ボザボザのひどい毛並みに、つぶれたお月様のような丸く平たい顔。愛想も全くなかった。お父さんがチャウチャウ、お母さんがゴールデンレトリーバーというユニークな取り合わせ。

だっこさせてもらったら、生後2ヶ月にしてはやたらに重かった。毛むくじゃらな平らな顔を見ながら、この子はどんな犬に育つのだろう、と思った。そして抱いているうちにどんどん愛着が沸いてきた。ほしくなってきた。どうしてもほしくなってきた。

私の気持ちを察したアシスタントのジャー君は慌てた。
「3匹であれだけ大変なんだからもう1匹増えたらやっていけないよ。帰ろう」
しかし、ジャー君の言葉でよけいほしくなってきた。売主のおばさんもそれを察してどんどん売りつけようとする。
「社長さん、お嬢さんに買ってあげなさいよ。こんなにほしがっているんだから。安くするよ」
12歳年下のジァー君を社長と呼んで必死に売りつけようとする店主。値段も1300元から1000元、800元とどんどん下がっていく。
「ほしいの」
反応のない子犬をしっかり抱きしめながら、まるでおもちゃをねだる子供のようにジャー君に言った。

すでに散歩からトイレの世話まで、日本から連れてきた3匹の犬の面倒をみてくれていて、写真家のアシスタントではなく、「犬」のアシスタントと化してしまったジャー君にとって4匹目は脅威に違いなかった。私よりその現実を身にしみて感じていたようだった。

300元まで値段が下がった子犬を私の腕からもぎ取って店主に返し、抵抗する私を引きずりながら帰っていった。

「真理さんの写真がもっと売れて儲かって大きな家に住めるようになってからまた飼いなよ」とジャー君。
「でもそれはいつになるか分からないし、あのような犬は滅多にいないよ。」
となかなか諦めない私。

翌朝ハッと目が覚めた。昨日のあの不細工な子犬がここにいるのではないかと寝ぼけながらキョロキョロ部屋を見回した。そしていないのを見て、買わなかったんだと安堵の息をついた。昨日買っていたら今朝きっと後悔していたような気がした。でも、私のことだから1週間経ったら可愛くて手放せなくなっていると思う。だからこそ、今でも3匹飼っており、遠く中国雲南に連れてきたんだと思う。

そもそも物心付いた頃から犬が大好きだった。犬がほしくてほしくてたまらなかった。しかし、両親は飼ってくれなかった。そのため、大人になったら絶対に犬を飼おうとずっと夢見ていた。

ただ、現実はそう甘くなかった。大人になって、社会人になっても仕事が忙しい。写真家という仕事柄家を空けることも少なくない。また、犬を飼うにはそれなりの住居環境が整っていないと飼えない。そう思いながら年数が経ってしまった。

ある日、ふと思った。このまま、「いつか犬を飼おう」と思っているだけでは一生経っても飼えないかもしれない。飼おうと思えば飼えるのではないかと思った。

そのため、5歳になるミニダックスのラッキーを筆頭に、2歳になるミニダックスのハッピーに、1歳のゴールデンレトリーバーのサニーと共に夢みていた犬との共同生活が始まった。

最初は1匹でよかった。しかし、ペットショップに行って、ハッピーに一目ぼれし、その後サニーに一目ぼれしていつの間にか3匹になってしまった。買った翌日は慌ててしまったが1週間もしないうちに可愛い仲間になっていた。

そんな3匹との生活を埼玉県ののどかな場所ではじめた途端に政府から1年間中国奥地雲南で写真家として駐在する辞令が出た。それがきっかけで女性写真家と愛犬3匹が遠く雲南へ旅立つことになった。

 

1.雲南への旅立ち

文化庁芸術家海外研修員として雲南への派遣が決まったのが2004年5月だった。91年から年3回雲南に通い、写真を撮り続けてきた私にとって、雲南への派遣はまたとないチャンスだった。40回以上雲南へ行ったことはあったが実際に住んだことはなかった。もっと雲南を深く知りたかった。

しかし、予定にも入っていなかった意外なチャンスに戸惑いがあった。一番はラッキー、ハッピー、サニーの三匹の愛犬をどうするかと。

周囲は「現地に行ったら犬の世話どころじゃなくなるよ」「3匹も連れていけるわけがない」「雲南では犬を食べるそうじゃない」「あんな奥地につれていったら病気で死んでしまうよ」等と否定的な意見が大半で、「誰かにあげなさい」といわれた。しかし、大好きな3匹、そう簡単には手放せない。誰が何と言おうと3匹とも連れて行く。

決心したら今度は事前に現地に行ってどのようにすれば3匹を連れていけるか調べてみた。中国は基本的に1ヶ月間検疫で留置されるが、雲南ではまだそういう設備がないので自宅検疫でよいといわれた。それには犬を飼ってもいいアパートをあらかじめ借りなければならない。そこで、不動産めぐりをし、最終的に市内の高層マンションに決めた。大家が3匹でもよいといってくれたからである。


その後はどうやって連れていけばいいのか。直行便がその当時あったが、機体が小さすぎて犬を乗せる設備がないといわれた。上海や広州経由もできるが、その場合は上海や広州で検疫を受けることになってしまう。そこで、バンコク経由をすることになった。あらかじめタイ航空に連絡し、オーケーを取れば指定のかごに入れれば1キロ2900円で乗せることができるといわれた。

そして、意外と簡単に連れていくことができた。雲南空港につくと、検疫官たちが「かわいい犬だね。何犬?」「何歳?」などと聞かれ、10分ぐらいで入国できた。「1ヶ月は外に出してはだめだよ。2週間後に確認の電話をします。」

こうして無事雲南に到着。空港には現地アシスタントのジャー君が待っていた。